令和拾遺物語

実話を元にした現代の拾遺物語です

夏休みの宿題

ある田舎町にケンジというとんでもないやんちゃ坊主がいた。とにかく落ち着きがなく、暴言を吐いたり授業中に走り回ったりと手が付けられなかったそう。

 

一度小学校で男子生徒のズボンを脱がす遊びが流行った時に、ケンジもパンツごとズボンを脱がされてしまった。そこで彼は直感的に、これは自分で脱いだのではなく脱がされたので僕は被害者である!と閃いた。それをいいことにフルチンで教室を走り回り、訳の分からない呪文を唱えながら「ちんぽこ引っ張ってぇぇぇえああああ!!!!」などと叫んでいた。案の定職員室に呼び出され、僕が脱いだんじゃないよと言い訳したが、パンツを脱がされた瞬間水を得た魚のように暴れ出したと事前にチクられていたためこっぴどく叱られた。

 

さて、そんな彼にとって小学校入学以来3回目となる人生最大のフェスティバルが訪れた。夏休みである。ケンジは毎日好きなだけ遊べるなどと考えるだけで脳みそが爆発しそうだった。しかし同時に最強の敵も出現する。宿題である。全ての問題集とか教科書を川に捨ててしまおうかとも考えたが、また職員室でこっぴどく叱られるのは嫌なのでやめた。

 

ある日の朝、ケンジは森へ繰り出そうと半ズボンを履いていると、一枚の丸まった画用紙がランドセルからはみ出しているのが視界に入った。くそおおおおおお!!!!と思った彼はそれを引っ張り出し、台所にいる母親に突き出した。

 

 

「これ、描いといて」

 

 

母親はケンジを溺愛しており、いわば超スーパーウルトラ甘い。「はぁ~?」と言いつつ、「仕方ないなぁ~」と結局画用紙を受け取った。

 

彼が森で秘密基地を作り、川で魚釣り、山でターザンごっこなどに勤しんでいる間、彼女はピタピタとケンジの宿題の絵を描いていた。

 

夏休みも終わってしまい、体育館で始業式が始まるとケンジは廃人のようだった。真っ黒に焼けた健康的な肌とは対照的に、ポカーンと虚空を見つめ、生気を失くした抜け殻人間のようになっていた。

 

「はーいじゃあ宿題の絵を提出してくださーい」と教室に戻った担任が言うと、生徒達はガサガサとランドセルを漁りだした。「宿題の絵!?なんじゃそりゃあ!?」と、自然遊びに現を抜かしていたケンジは母親に絵を描かせたことすら忘れていた。

 

「ヤベェ!また怒られるじゃん!」

 

焦ったもののランドセルを一瞥すると丸まった画用紙がチョコンと顔を出している。絵具も塗ってあるみたいだし「ラッキィ!」と思い、何食わぬ顔でそれを提出した。

 

後日ケンジは職員室に呼び出され、一番怖い学年主任にあの絵を見せつけられると、「これは君が書いたの?」と詰問された。ケンジは直感的に怒られる!と思い、「はい!ごめんなさい!」と答えた。学年主任は笑顔になって大きく頷くと、「謝る必要なんてない、君にこんな才能があったなんて!」と驚いた様子で、職員室もザワザワしていた。「エジソンも落ち着きなかったらしいもんね」などと、ケンジが実は天才少年だった的な空気になったが、本人は何が起こっているのか良く分からなかった。

 

学年主任はさらに続けた。

「実は君の絵が県の最優秀絵画賞に選ばれたんだよ」

ケンジはボーっとしており、「へえ」と言った。後で親御さんには電話しておくからねと言われ、ほぇいと返事した彼は何が何だか良く分からないまま教室へ戻った。

 

電話を受けた母親はコーヒーを吹き出してしまった。「なんですと!?」と驚いていると、受話器の向こうの主任は「県庁で表彰式があるから来週の土曜日にそちらへ行ってください」と言った。受話器を置くと、「マジかい・・」。と言葉が漏れた。彼女は音大出身なので芸術には多少の心得があり、いわゆる美的感覚は非常に優れていた。表彰は断ろうとしたが、自分の作品が最優秀賞だったと聞かされ、内心では、「えちょっと待って、私天才だったの?」とテンションが爆上がりしていた。

 

県庁の表彰式は特になんていうこともなく、母親から珍しくキツめに「あんた大人しく座ってなさいよ」と言われたケンジは、鼻くそをほじったりしながら時間をやり過ごし、とっとと賞状を受け取ってさっさと帰った。

 

秋になると運動会が近づき、運動が大好きなケンジはテンションが次第に上昇、ウキウキワクワクしていた。そこでクラスのシンボルを作ろう!ということになり、最優秀賞を獲ったケンジが代表で絵を描くことになった。すっかり絵のことなど忘れていた彼は、「なんでワイが絵なんか描かなくちゃいけねーのさ?」と思ったが、まあテキトーにやりゃいっか、と引き受けた。

 

 

翌日。画用紙には三本の四角い鉄柱のようなものが雑に描かれ、四角の中には「チンポ」と書いてあり、題名には「メカチンポギドラ」と記してあった。これには担任もブチキレたが、途中で「あっ」と気づいた。あの絵、もしかしてあのファンキーな母親が書いたな。絶対そう、そうに違いない、と。職員室でも話題になり、どーせそんなこったろうと思った的な空気が流れ、主任は校長に「どうしますか?出入り口に飾ってあるあの絵、外しますか?」と尋ねたが、校長は「まぁ上手だし、絵に責任はないから飾っとけばいいでしょ」って、特にケンジにも母親にもお咎めはなく卒業するまで大きく飾ってあったらしい。

 

その絵は印象派っぽい作風で、バックに綺麗な夕焼け、美しい山々に囲まれた田舎の道、虫取り網を持って走る少年、たくさんのトンボ、鳥、雲などが絶妙なタッチで描かれていたそう。

スピリチュアルおじさん

関東に大変有名な心霊スポットがある。霊感のある人が近くを通りかかると、ここはやばい!と吐き気を催す程強力な霊力のある場所らしい。

 

そこへある噂が流れた。おじいさんの霊が出るらしい。しかし不思議なことに夜ではなく、決まって昼に出るのだという。フリーターの高志には甥っ子がいて、この甥が友達と肝試しに行き、本当に見たのだと言い張っている。なんでも体はガリガリでアロハシャツを着ており、墓石の横にビーチチェアを置いて日光浴をしていたんだとか。

 

「それただ住職か誰かが日光浴してただけだろ絶対」と高志が言うと、「じゃあ一緒に行こう」ってことになって実際にその心霊スポットへ出向いた。高志には霊感うんぬんは皆無なので、特に何も感じないまま現地へ到着。少し階段を上がると視界が開け、右奥にお墓がたくさん見える。

 

 

「あそこだよ、あそこにいたんだよ」

 

 

二人はテクテクそちらへ歩いていくと、確かにアロハシャツを着たおじさんがビーチチェアの上で寝っ転がっているのがあからさまに見える。

 

「あれを幽霊だと思ってんの?」と聞くと、なんでも甥っ子の友人の兄が霊視に成功したらしく、夏の海でナンパに失敗した男が、ショックのあまりこんにゃくゼリーしか咽を通らなくなり栄養失調で餓死してしまい成仏できずに彷徨っている、とのこと。

 

「あほらし。そもそもここ海なし県だから」と言って高志が帰ろうとすると、「信じないなら話しかけてくればいいじゃん」と甥っ子が言う。「いいよ」と言ってそのおじさんの近くまで歩いていくと、こちらに気づいたおじさんはなぜかダッシュでドドドッと向かってきた。

 

「ええ!?ちょっ!!逃げるぞ!!」

と二人は振り返って全力で逃げた。無事家に着き二人でスイカを食べながら「ね、言ったでしょ、幽霊だって」と言う甥っ子に、「いやあれは幽霊よりやばい」と高志は言った。

 

しばらくして高志は夏野菜の収穫バイトを始めた。そこは水耕栽培中心の農家で、夏は水の音が気持ちよく、暑いのを除けば出荷作業は楽なので、まあテキトーに働いていた。

 

そこへ新人と言われる人が入ってきた。そう、あのおじいさんである。高志は、「あいつだ」と直感で気づいた。

 

そのおじいさんは非常に礼儀正しく愉快な人で、すぐ職場に馴染んだ。占いや神社仏閣にも詳しく、女性のパートさんなどからもすごく人気があった。

 

ある女性が「占ってください」と言うと、「オッケーじゃあ手相見せて」と真剣な眼差しで占いを開始。5秒くらい左手を凝視した後、「ん~~〜、おや、あなた、もしかして、あぁ、あ!!!!!!・・・女性ですね??」などと言って笑いを取り、ますます人気は高まる一方だった。

 

 

しかし職場での地位を確固たるものにしたおじいさんに緩みが出はじめた。人間関係が適度に縮まると、本音を出して相手の許容度を量るタイプの人がいて、このおじいさんはまさにそのタイプだった。

 

 

「いやー実は昨日神と対話したんだけどね」

 

 

「夜中になるとサタンが飲みにこいってうるさくってさぁ」

 

 

などと少しアレな雰囲気が出始めた。

 

 

ある日パートさん同士が、

「先週あそこの神社で御朱印もらってさ、帰り道だったからあっちの神社もついでに寄ってお守り買っちゃった」

と楽しそうに話していると、

「あそこの神社へ行った後はそっち行っちゃだめだよ。神にも相性があって、やきもち焼かれると面倒だよ、幸せ逃げちゃうよ、このお守りはいいよ~」

などと割り込んで自作のお守りを売りつけようとするなど、職場で少しずつ浮くようになっていった。言動は少しずつエスカレートし、

「10月はお休みさせてください。出雲に行かなくてはならんのです。だって神だから」

などの発言が決定打になり、もう誰も相手にしなくなっていた。

 

 

ある日、社長の知り合いの農家へ収穫を手伝いに行くことになり、一同はハイエースに乗って現場へ向かい、それが終わるとまたハイエースに乗って帰路に就いた。

 

おじいさんは別人のように静かになり、車の中でも一言も口を利かなくなっていた。

 

それから疲れもあって車内が静かになった頃、ある学習塾の前を通りすぎると、赤い服を着た小さな女の子が立っていた。女の子はボーっとして、車道ギリギリのどころで直立不動、首を少し曲げて空中を凝視していた。

 

車中のメンバーはその女の子に少し違和感を抱き、「今の女の子、少し不気味じゃなかった?」などと言って少し大きな話題となった。

 

「なんか首の向き変じゃなかった?」

「なんかこの世のものではないような感じがした」

「あんなところに普通女の子立たなくない?」「車道ギリギリだったよね?」

と盛り上がっている。

 

高志は内心で、「いやいやどう見たって塾で親の迎えを待ってる小学生だろ、あほくさ」と思ったが、一番後ろの席に座っていたおじいさんがここだ!と思ったのか、起死回生の満塁ホームランを狙って久しぶりにフルスイングした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えちゃいました?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

車内には、「はいはいでたでた」「まーた始まった」「また言ってら」的な雰囲気もあったが、空気的に本当に霊かも、と信じかけた人も数人いたので、仕方なく今回だけおじいさんに打席を譲ることにした。

 

 

「センスありますよ、あれが見えるなんて」と少しボリュームを上げて言った後、

 

「座敷童の類かなぁ」

 

「邪気はなかったけど、地縛霊の可能性もあるな」

 

「念のためアレやっといた方がいいかも」

 

 

などと小声で、しかし確実に社内全員に聞こえるように言うと、何かを車内にばらまきだし、ハイエース内は軽いパニックになった。

 

 

「え!?ちょなに!?」「うわなにこれ!?」「おいやめて!!」

 

 

車内に罵声が飛び交い後ろを振り返ると、おじいさんは塩をばらまきながら、

「早ければ早いほどいいよ~念のため念のため~成仏してね~南無三!!」

とやりだし、ついにキレた社長は彼をクビにしたそう。