令和拾遺物語

実話を元にした現代の拾遺物語です

真の思いやりとは

ある集落の近くの山に小さな厠がある。便所のことである。建設に際して会議が開かれ、村民が山の風景を壊すのはアレだろうっていうので、ログハウス風のオシャレな感じに建てられた。

 

それからというもの、その厠は大人気となり、わざわざその厠で用を足すために散歩がてら山へ入る者が増えたりして、いつも行列ができる有様になってしまった。

 

ある日村長がその厠で用を足していると、一冊のエロ本が大便の蓋の上に放置されていることに気付いた。そこへ村一番の変態、やっさんが入ってきた。やっさんは「よお村長」と言うと大便へと入っていき、「誰か入ってるの?」と思わせるほど中はひっそりとしていたが、5分くらいでジャーと流すとすっきりした顔で出てきた。

 

それからも山中の厠の行列は絶えなかった。中には埃のかぶった混合油の入っていない刈り払い機を持って山へ入ったり、刃の錆びた使い物にならないチェーンソーなどを持ち出して山へ入る者も出現し、集落の奥さん連中は井戸端会議でよくそのことを話した。

 

村長はいわゆるHSPなので、厠の外へいい感じの椅子を置き、スピーカーを設置してユーロビートを流すなどして“あの雰囲気”を演出。賛否を呼んだがクレームは一件もなかったという。

 

ある日、消防団所属の爽やか青年、沢村君が有名なテレビ番組を見て行動を起こした。なんでも暴走族の若者に市内の公衆トイレを掃除させたところ、全員改心して真面目になったというのだ。トイレの神様という曲が流行っていた時期でもあり、「トイレを掃除すると幸せなことが起きる」といった風潮が世間に蔓延っていたことも彼の意欲を刺激する着火剤となった。

 

彼はコメリでトイレ掃除キットを買いそろえると、早速山中の厠へ赴いた。

 

床から便器から壁からピカピカにし終えると、爽やかな気分で次の公衆トイレへと向かっていった。

 

翌日、集落で緊急会議が開かれた。

 

 

 

「トイレ掃除したの誰?」

 

 

 

 

 

聴衆の面前に先陣を切って立ち、初めに質問を投げかけたのはやっさんだった。

公民館はザワザワとし始め、男ばかりの聴衆は周りをジロジロ伺いながら様子を伺っていた。

 

爽やか青年の沢村君は、こういうのは陰徳と言って口に出したら運が逃げるとテレビで見ていたので黙っていたが、誉められたい欲望がそれを上回ってしまい、少しハニカミながらゆっくりと「はい」と言って手を挙げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っんてめぇかあああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう言ってやっさんは沢村君に掴みかかろうとし、公民館は一時騒然となった。数人がやっさんを取り押さえ、「落ち着け」「手を出したら負けだど」「また買えばいい」などと言われながら羽交い絞めにされ、深呼吸を促されてスーハーやると落ち着いた。

 

 

 

 

 

沢村君は訳が分からずポカンとしていたが、それ以来トイレ掃除をやめてしまった。