令和拾遺物語

実話を元にした現代の拾遺物語です

故郷

日本で働く外国人の方が、職場で働く先輩の親族が亡くなったというので、初めてお葬式に参列することになった。なぜそんな遠いご縁のお葬式に参列するのかといえば、その先輩は非常に面倒見がよく、なんでも相談に乗ってくれる優しい人だから、とのこと。先輩が悲しんでいる姿を見ているのがつらくなり、「私も行きます」と名乗り出てくれたそう。先輩は断ろうと思ったがその気持ちが嬉しく、「ありがとう」と言って日時を伝えた。

 

当日。彼は礼服に身を包み、現地へ到着して先輩にお悔やみを述べた。遺族ともども彼に感謝を伝え、わざわざご参列くださりありがとうございます、と恭しく頭を下げた。

 

葬儀は滞りなく進み、スケジュール通りにお焼香が始まった。一人一人が故人への思いを馳せ、お焼香を手に取り額に寄せる、を二度繰り返した後に深くお辞儀した。遺族、親族の方たちは隅の方へ並び、故人を偲んでくださる参列者を畏まっていた。

 

そこへ彼の番がやってきた。いかんせんお葬式が初めての彼は、列に並んでいる時から前方で手を動かしたり頭を下げたり何をやっているんだろう?と思っていた。先輩はその間トイレに行っていて、さて戻ろうとトイレから出るとあの彼が焼香をしてくれているのが見えた。

温かい気持ちになって彼を見ていると、「ごほっ、うっふぉ、ぼふぇっ」、と咳をしているようだった。肩は震え、大きく揺れたような動きをしている。よっぽど泣いているんだろうと後方に並ぶ参列者たちは思っていた。「愛される人だったよなぁ」と。しかし彼の咳は止まらない。心配になった後ろの男が横から覗き込むと、彼はお焼香を食べながら号泣していたそうだ。「おっふ、ごっふぇえ!」などと止まらず、慌てて後ろの参列者がもう大丈夫ですよ、と着席を促した。

 

別室に移動すると食事が始まり、後ろの方で彼が泣いているのを見ていた男が横に座ると、「よっぽど仲良しだったんですね?」と質問した。彼は訳が分からず、「なんで?」と聞き返した。

詳しく聞いてみると、彼の故郷ではとうもろこしの粉末をお湯につけて練ったものが主食で、子供のころお腹が減ってつまみ食いをしようと台所へ忍び込んだ。しかし粉があるばかりで調理法の分からない彼は粉をそのまま食べてしまい、勢いよく吐き出してしまった。それをたまたま台所へ入ってきた家族に見つかってしまい大爆笑された。彼は恥ずかしがったが、大好きな家族がみんな笑顔になったからすごく嬉しかった。それでお焼香を食べて故郷を思い出し、涙が止まらなくなってしまったそうだ。