令和拾遺物語

実話を元にした現代の拾遺物語です

ライバル

とある競技全日本優勝、同競技日本記録保持、オリンピック元日本代表と輝かしい成績を残した人物がいる。中学時代にはすでに頭角を現し、その界隈では伝説と称されるアスリートである。しかしその影には、全国制覇を三度も阻止された準優勝の男がいた。身体能力の高さでは誰もがこの二位の男の方が上だと認めているにも関わらず、試合となると必ず負けてしまう。負けた本人は納得がいかず、引退後もずっともやもやしていたという。

 

そんな彼はある日、愛読書、「ワンピース」のあるシーンに感化された。ゾロが鷹の目のミホークに弟子入りするシーンである。「宿敵に弟子入りするなんてすげーな」と思っていると、「あっ」と気づいた。

 

「俺もあいつに弟子入りすれば、なぜ全国制覇を三度も阻まれたのかを知ることができるかもしれない。」

 

その後本人に電話でお願いすると、「全然いいよー。」と一瞬で快諾され、翌日には彼の住む西日本の端へと早速旅立った。

 

現地へ到着後、泥だらけの作業着を着た男が軽トラックから降りてきた。なんでも今は林業家になり、山仕事をしているらしい。林業はやればやるだけ儲かるのだという。化け物みたいな体力を要する彼にはこれほどの天職はない。

 

翌日、早速刈り払い機を借りて一緒に山へ入った。

「じゃあここからあの辺までおねがいねー」とよくわからない指示を出したあと、チャンピオンはすぐに山の向こう側まで消えてしまい、ブオーンブオーン!と下刈りの音だけが響くばかりだった。

 

それからも毎日毎日山へ通い、「お願いねー」と言い残すと彼はとっととどこかへ消えた。とにかくあり得ないスピードで彼は草を刈っていた。聞けば一日五反ほど一人で刈るのだそう。一反とは畑一枚の略称である。一人で一日二反も刈れれば一人前だと聞く。彼はその倍以上の面積をすさまじいスピードで刈り続けていた。

二位男も次第に慣れてきて、周囲を観察する余裕が出てきた。それでチャンピオンをしばらく眺めることにした。

チャンピオンは歯の大きさを完璧に理解し、一振り、二振りと、ロボットのような正確さとリーチで広範囲を開拓していた。最も特徴的だったのは、頻繁に動きを止め、歯を研ぐ機会が二位男の何倍も多いことだった。そこで二位男はあることを思い出した。確かリンカーンの本か何かで読んだ言葉だ。

「もし8時間木を切るための時間が与えられるなら、私は6時間オノを磨ぐ時間に費やすだろう」

二位男は気になって本人に「リンカーンの本読んだ?」と聞いた。するとチャンピオンは「誰それ?」と答えたのだった。

 

ある日二位男がいつものように草を刈っていると、「もう少し重心を下げて体重を右にかけてごらん」とチャンピオンは言った。「その方が力逃げないでしょ」と。

それから一時間くらい草刈りフォーム習得の練習会が始まった。それは現役時代、常に基本を繰り返し、フォームチェックをかかさなかったチャンピオンの姿と完璧にシンクロした。

 

それから二位男もかなり上達し、結構速くなった。もともと身体能力はチャンピオンより高いこともあり、それなりのスピードで追いかけることができるようになった。

するとチャンピオンは、「ふぅん、結構やるじゃん」と言ってさらにスピードを上げた。二位男も負けじとついていく。するとチャンピオンはさらにスピードを上げる。そこで二位男は「ハッ」とした。「なんだこいつ、なんか、ガキみたいだな。」

 

ある夜、餃子の食べ放題へ行った。二位男は結構食べる方なので、そこそこの量を胃袋に収めていた。するとチャンピオンは、「いくつ食べた?」と聞き、「分からんけど30個くらいかな」と答えると、「僕は40個」とドヤ顔をした。

「あ」と二位男は思った。「こいつ、なんでもかんでも人より上じゃないと気が済まないんじゃないか」

 

毎日毎日刈っているので二位男もかなりのスピードで刈れるようになってきた。ある日チャンピオンが用事で一日休むというので、二位男が代わりに刈っていた。それなりに刈り終わり、まあこんなもんだろと満足して帰宅し、次の日チャンピオンが現場をチェックすると、「こんなもんしか終わってないの?」と言った。二位男はイラついて仕事を放棄し速攻で帰った。なんとなくわかってきた。なぜ自分が負けたのか。

 

ある日チャンピオンの地元で合宿が開かれることになり、オリンピック選手や現日本記録保持者が集まってきた。いい機会だからと二位男も参加し、見学していた。

 

そこでなぜかテニスボールの投げ合いが始まり、いつに間にか誰が一番遠くまでテニスボールを投げられるか大会みたいなのが始まった。流れで二位男も参加することになったが、勝ち負けよりも観察に力を入れることにした。

彼らはこんな取るに足りないような遊びでも、世界大会の決勝みたいなオーラで対決し合っている。勝つまでやめない。こんな遊びでも、彼らは自分が勝つまでは決してやめようとしない。負ければ子供みたいに悔しがり、もう一回やろうと言って、全力で勝利を手に入れようとする。そのテニスボールの投げ合いはずっと続いた。

 

二位男はなぜ負けたのかを完璧に理解し、地元へと帰った。