令和拾遺物語

実話を元にした現代の拾遺物語です

平家の末裔

五月になると鯉のぼりが昇り始める。色とりどりの鯉が宙を優雅に遊泳し、晴れた空によく映える。

 

さて、五月に入り鯉のぼりを見かけると、自分は平家の末裔であると名乗りだす平さんという男がいた。鯉のぼりになぜか敏感に反応し、「私は平家の末裔なんですよ」と、会社内や取引先などでもリアクションに困る発言を毎年繰り返していた。

 

平さんは子供の頃に、「大人になっても鯉のぼりをあげてはいけないよ」と祖父や両親からきつく釘を刺されていたらしい。子供だった彼は訳が分からなかったが、とにかく「はい」と言ってそれを心に留めた。

 

ある日、平さんは旅行で日光温泉を訪れた。そこで平家の落人伝説という看板書きを目にした。仲間に存在を知らせるために狼煙をあげたところ源氏に見つかってしまい、そこにいた者は全員殺されてしまったのだと記されていた。だから自分の存在を大きく知らせる狼煙や煙の類は禁止され、鯉のぼりもその一つであることを知った。

 

そこで平さんは、「やべえ、俺の先祖、平清盛かも」とテンションが上がってしまったらしい。

 

その日を境に「私は平家の末裔なんですよ」が始まった。ある年の社員旅行は鎌倉旅行だったのを、そこそこの肩書と権力を活かして京都旅行へと変更してしまい、現地へ到着後、舞妓さんなどに「私は平家の末裔だからあなたとは親戚の可能性がありますね」などと言って苦笑いされたり、飲み会では歴史好きの部長に源氏の悪口をえんえんと垂れ流し、「しかし義経は敵ながらあっぱれ!あそこまでされては尊敬の念を禁じ得ない!」と叫び散らし、酔った勢いで「義経チャレンジ」などと称して山の急斜面をママチャリで滑走し鎖骨を折るなど、少しずつ周りから煙たがられ始めていた。

 

ある日歴史好きな部長が朝の会議で義経を引き合いに出し、「新規開拓営業は先手必勝、源義経が一の谷の戦いで鴨越を駆け下ったように、誰よりも早く奇襲を仕掛けるべきである!」と演説したのを真に受け勘違いした翌日、明け方のまだ薄暗いうちから新規開拓先へ突撃。「鍵が開いていなくて奇襲できなかった」と落ち込んでいた。