令和拾遺物語

実話を元にした現代の拾遺物語です

心配性

ある会社に鳥立さんという苗字の営業マンがいた。彼は非常に真面目で、会社内の評価も高かった。そんな彼が退職することになり、みんな残念がっていた。

 

ある日、鳥立さんがコピー機を持って家を出発すると、それを見た父親が鳥立さんの会社へ電話をかけた。

 

「今うちの息子が爆弾をしかけたコピー機を持って家を出ていきました。気をつけてください、うちの息子はキレると何をしでかすか分からないんです」

 

なにやら鳥立さんの両親の家系は共に先祖代々癇癪持ちで、とにかくキレると何をするか分からない、プッツン家系であるとのことだった。普段は大人しいが、どのタイミングでプッツンがやってくるのか自分たちでもコントロールができないらしい。息子が退職するにあたり、いつも愚痴っていた支店長に復讐するに違いないと思った父親が、このタイミングでコピー機を持ち出すなんておかしい、きっと爆弾でもしかけてテロを起こすにちがいないと心配して電話をかけたのだ。実際には引継ぎに必要な保険の書類を車内でコピーし、直接お客様に渡す為に持ち出しただけだった。電話に出たのは鳥立さんの3つ上の先輩で、父親の声は震えていたらしい。

 

「私も妻も宗教に入信し、神の力で癇癪をなんとか封じ込めている。しかし息子は信仰を持っていないんです。なんとか息子を止めてやってください」

 

鳥立さんがコピー機を持って事務所へ入ると、空気が騒然となった。

 

「鳥立、落ち着け、そういうことをしてはいけない。話し合おう、お前なら分かるはずだ」

 

と支店長は言い、従業員は壁際に寄り、まるで銀行強盗とそこで怯える人質達みたいな感じになっていた。

 

「?」となった鳥立さんは焦り気味の先輩から説明を受けた。「さっき父親から電話があったんだ。お前が爆破テロを起こすと言ってた。お前がそんなことするはずない」と先輩も力強く説得した。鳥立さんは非常に真面目で社内の評価も高かったので、話せば分かるやつだとそこにいるみんなが信じ、心は一つになっていた。

 

「いや、これ最後の引継ぎに必要な書類をさっき営業車でコピーするのに使っただけですけど」

 

鳥立さんがそう説明すると、「なーんだ」といった安堵の空気に変わり、社員たちは各々の業務へと戻って行った。

 

鳥立さんは営業所内をピカピカに掃除し、取引先全てに挨拶を済ませ、個人のお客様宅へ引継ぎのお詫びに手土産を持参し、営業所内の全ての人に丁寧にお礼を言って頭を下げると、最後に会社へ一礼し、退職していった。

 

テロ予告の電話を受けた先輩が最後に、「結局立つ鳥後を濁さずでしたね」というと、所内は「ほぉーん」みたいな空気になった。