令和拾遺物語

実話を元にした現代の拾遺物語です

更生

美咲と春香は連休中ある島を訪れた。有名観光スポットである。

 

二人はレンタカーを借り、海岸沿いの駐車場へ停めると、早速海へと繰り出した。

 

思いっきり泳いでみたり、浮き輪でプカプカ浮いてみたり、のんびり日焼けしたりと海を満喫し、そろそろホテル戻ろっかーと車へ戻ると、美咲は急に青ざめた。

 

「やば、鍵ないんだけど」

 

着替えた時か、海の家で昼食を食べた時か、ポケットからスマホを出した時か、全力で記憶を辿っても全く手がかりがない。

 

「とりあえず戻って探そう」

 

二人は先ほどまではしゃいでいた場所へ戻り、砂浜を往復したり姿勢を低くしたりしながら全力で探したが全く見つからない。

 

一時間ほど探しても見つからないので、「一回レンタカーの会社に電話してスペアあるか聞いてみよう」と言って電話をしようとすると、一人の体格のいい男に話しかけられた。

 

「どうしたの?」

 

良く日焼けした爽やかな雰囲気の男で、二人は「絶対現地の人だな」と気づいた。かれこれこうでと経緯を説明すると、男は「分かった、ちょっと待ってて」と言って電話をかけだした。通話が終わると、「どこから来たの?」「あそこはおいしいから絶対行った方がいいよ」「どこに泊まるの?」などと世間話に花が咲き、二人の鍵を失くした焦りはかなり落ち着いていた。

 

しばらくすると、すこしイカつめのミニバンが駐車場へ到着し、これまた体格のいい男が車から降りてきた。ドアをバタンと閉めると、ハンガー片手に無言で突っ立っている。二人は、「スタローン?」と思った。シルベスター・スタローンにそっくりだったらしい。

 

爽やか男が「おー久しぶり」というと、スタローンは無言でレンタカーへとズカズカと歩み寄り、ハンガーでなにやらガシャガシャやりだした。

「あの人何してるの?」と美咲が聞くと、「ああ、あいつ元車泥棒なんだよ」と爽やか男がスーパー爽やかな笑顔で言った。

 

車泥棒と言っても前科などがあるわけではなく、10代の頃、若気の至りで知り合いの車を勝手に開けてはちょこちょこ運転し、「あいつまたやりゃがったああ!!」と、大人達もドタバタコメディ的な感じでそれを楽しんでいて、島のやんちゃ坊主達が大人になると、「あの頃はハチャメチャで楽しかったなあ!」なんてみんなで話しながら今では酒の肴になり、「最近はやんちゃなやつがいないからつまらん」と当時の大人も懐かしく語ったりするんだそう。

 

「へ、へえ」と二人は言って苦笑いした。

 

スタローンがしばらくガチャガチャやると、「ガチャンッ」と音を立てて鍵が開いた。

 

「すごー!!」と二人は同時に言うと、お礼にコンビニでセブンスターのカートンを買ってプレゼントしたが、スタローンは一度も笑わず口も利かずにさっさと帰って行った。

 

「あいつ心を開かないと誰とも話さないんだよ〜気にしないでね」と爽やか男は言った。

 

それから家に招待されてワイワイと宴会を開いてもらい、鍵をなくしたおかげでかえって楽しい旅行になったと嬉しそうな二人だった。

 

ちなみに宴会のスタローンは春風亭昇太みたいなテンションでプロレスしていたらしい。